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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)513号 判決

上告人

樽仙株式会社

右代表者代表取締役

鳥飼正和

右訴訟代理人弁護士

喜治榮一郎

被上告人

大谷三郎

右訴訟代理人弁護士

谷五佐夫

國盛隆

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人喜治榮一郎の上告理由1について

一  本件は、株式会社である上告人が、被上告人に対し、第一審判決別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有権に基づいて、本件土地上にある同目録二記載の被上告人所有の建物(以下「本件建物」という。)を収去して本件土地を明け渡すこと及び賃料相当損害金の支払を求めるものである。

原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  昭和三三年一二月ころ、上告人の代表取締役は大谷菊松であり、菊松の長男の鳥飼一郎及び二男の被上告人は、いずれも上告人の取締役であった。

2  菊松は、同月ころ、本件土地上に木造瓦葺き二階建ての本件建物を建築して被上告人に取得させるとともに、本件土地を本件建物の敷地として被上告人に無償で使用させた。ここに上告人と被上告人の間に本件建物所有を目的とする使用貸借契約が黙示に締結された(以下「本件使用貸借」という。)。

その後、菊松夫婦と被上告人は、本件建物で同居していたが、菊松は、昭和四七年二月二六日に死亡した。

3  菊松の死後、上告人の経営をめぐって一郎と被上告人の利害が対立し、被上告人から株主総会決議不存在確認訴訟が提起され、仮処分により代表取締役職務代行者が選任された。右訴訟は被上告人の勝訴で確定したが、上告人の営業実務は右職務代行者選任中から一郎が担当してきた。

4  被上告人は、平成四年一月二三日以降、上告人の取締役の地位を喪失している。

5  本件建物は、いまだ朽廃には至っていない。

6  一郎は、上告人の所有地のうち本件土地に隣接する部分に自宅及びマンションを建築しているが、被上告人には、本件建物以外に居住すべきところがない。

7  上告人には、本件土地の使用を必要とする特別の事情が生じてはいない。

二  原審は、右5から7までの事情を理由に、本件使用貸借は、いまだ民法五九七条二項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間を経過したものとはいえないと判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

土地の使用貸借において、民法五九七条二項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較衡量して判断すべきものである(最高裁昭和四四年(オ)第三七五号同四五年一〇月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一〇一号七七頁参照)。

本件使用貸借の目的は本件建物の所有にあるが、被上告人が昭和三三年一二月ころ本件使用貸借に基づいて本件土地の使用を始めてから原審口頭弁論終結の日である平成九年九月一二日までに約三八年八箇月の長年月を経過し、この間に、本件建物で被上告人と同居していた菊松は死亡し、その後、上告人の経営をめぐって一郎と被上告人の利害が対立し、被上告人は、上告人の取締役の地位を失い、本件使用貸借成立時と比べて貸主である上告人と借主である被上告人の間の人的つながりの状況は著しく変化しており、これらは、使用収益をするのに足りるべき期間の経過を肯定するのに役立つ事情というべきである。他方、原判決が挙げる事情のうち、本件建物がいまだ朽廃していないことは考慮すべき事情であるとはいえない。そして、前記長年月の経過等の事情が認められる本件においては、被上告人には本件建物以外に居住するところがなく、また、上告人には本件土地を使用する必要等特別の事情が生じていないというだけでは使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分であるといわざるを得ない。

そうすると、その他の事情を認定することなく、本件使用貸借において使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定した原審の判断は、民法五九七条二項ただし書の解釈適用を誤ったものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

したがって、論旨は理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、前記その他の事情の有無等について更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人喜治榮一郎の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実誤認に加え、左記のとおりの法令の違背があること以下に述べるとおりであって破棄を免れないものである。

すなわち原判決は第一審判決と同様使用貸借契約の解釈について、左記の点に誤解がある。

1、 使用収益をなすに足るべき期間の経過について

イ、 まず、民法第五九七条第二項但書の使用収益をなすに足るべき期間の経過についての上告人の主張に対する判断であるが、本件使用貸借契約がはじまった昭和三三年一二月からは、控訴審の弁論終結時まで実に四〇年近くを経過しているのである。これに対し、原判決は本件建物は未だ朽廃に至っていないことと、被上告人には現時点で本件建物以外に居住すべきところを確保できていないという第一審判決の判断に加えて、原判決は『被上告人の兄訴外一郎は上告人の敷地内に自宅及びマンションを建築している』という事実をも本件期間経過未了の理由としている(この点の事実認定に誤りがあることは後述する)。

また、上告人において本件土地を使用する特別の事情が生じたと認めるに足る証拠がないとする。

ロ、 ところで、原判決の民法同条項の解釈として『契約締結後に生じた事情を考慮して相当の期間が経過したと考えられる時には、使用の目的にしたがって使用収益を終わる前であっても貸主からの解約が認めるのが相当であり』との判断は相当である。そしてそれに加えて、当初貸主が予定した期間を『大幅に』越えて年月を経過した場合も同段に解すべきである。

ハ、 更に本件土地の占有状況(正確には本件土地上の建物の居住状況)の変化についてもこの期間経過を判定する上で重要な事項であることを知るべきである。

すなわち、当初右建物に居住を開始したのは被上告人のほか、菊松夫婦に祖母キンならびに大谷克己の四名も加わってのことであったが、すでに菊松夫婦・祖母キンは他界し、大谷克己は他に転居して、現在は被上告人夫婦二名だけである。したがって自ら、本件使用貸借の期間経過についても、当初の当事者に対するものと現住の者に対するものとでは異別に解すべきであるということを強調したいものである。

二、 なお、原判決は被上告人には他に居住すべきところが確保されていないことが期間未了の事情につながるような表現をするが、要は被上告人において転居すべき建物が存在するかどうかが重要でなく、使用貸借当初の事情が大きく変化し、充分そのような転居すべき建物を獲得できる能力(資力)を具えるに至ったかどうかが問題である。言うまでもなく、被上告人は本件使用貸借契約成立当時とは雲泥の経済力を具え、本件建物に固執する事情は全く存在しないのである。このことは訴訟費用を厭わず、自らも多数の訴訟を提起している事実から明白である。

ところで、この期間経過未了の事由の一に原判決は本件土地上に鳥飼一郎が自宅とマンションを建築している点を加えるが、この自宅は確かに一郎の所有であるがマンションは上告人会社所有の建物であることを誤解し、この点事実誤認に及んでいる。しかしいずれにしろ本件は上告人会社と被上告人の事情を衡量して判定すべきところ、被上告人と一郎の立場を比較して本件使用貸借の法律関係を判断するのは誤った法律論であろう。

2、 本件使用貸借上の信頼関係破壊について〈省略〉

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